【はじめに】
なぜ私は「京都に住んでいるだけでビジネスになる」と気づいたのか?
「京都に住んでいる」——その言葉の意味を、私はカナダで初めて思い知らされました。
数年前、バンクーバーの英語学校に通っていたときのことです。ある授業で「自分の国について英語でプレゼンする」という課題が出されました。
日本人は私を含めて6人。他の5人は、それぞれ東京、神奈川、静岡、福岡、埼玉の出身で、京都出身は私だけでした。
ところが驚いたことに——彼ら5人全員のプレゼンテーマが「京都」だったのです。
金閣寺、伏見稲荷、舞妓文化、京料理…それぞれが京都の魅力を堂々と語っていました。
「日本を紹介するなら京都」と、口を揃えて言ったのです。
私は内心、戸惑いました。なぜなら、彼らが語っていた京都の景色は、私にとってはあまりにも“当たり前”すぎるものだったからです。鴨川の流れも、石畳の道も、町家の風情も——それは私にとっての日常であり、特別なものとは思っていませんでした。
でもその日から、世界や他県の目線で見た「京都」が、どれほど特別なものかを考えるようになりました。そして気づいたのです。
「京都に住んでいるというだけで、すでに他にはない圧倒的な価値を持っている」
その価値に気づかず過ごしてきた自分に、軽く衝撃を受けました。
この本は、そんな体験から生まれたものです。
私は京都で会社を経営しています。
バーチャルオフィスの住所を貸し出す仕事をしてみたら、すぐに契約が決まりました。「京都の住所」に信用があることを実感しました。
舞妓文化と台湾人のインバウンドを掛け合わせた宴会事業は、大きな反響を呼びました。
京都大学の学生が通う飲食店に、求人広告入りの紙ナプキンを提供するというニッチな採用広告も、独自の効果を生んでいます。
どれも「京都の土地性」がなければ成立しなかったビジネスです。
でも、それ以前の私は——京都を、ただの「地元」だとしか思っていませんでした。
観光地で「京都から来ました」と言えば感心されることはあっても、ビジネスに活かす発想には至っていなかった。
だからこそ今、この言葉を皆さんに伝えたいんです。
「京都に住んでいる」それだけで、すでにあなたは選ばれている。
本書は、京都の価値とブランド性を論理的に読み解き、老舗企業や世界的企業の事例から学び、
挑戦者たちの取り組みに触れながら、京都で実際にビジネスを展開するための“作戦指令書”として構成しています。
そして何より、京都に住む皆さん——この土地の中で暮らし、働き、悩んでいる人たちに向けて、「気づき」と「きっかけ」を届けたいと願っています。
あなたが見慣れた景色は、世界が憧れる舞台です。
その上に、あなたのビジネスが乗るとしたら——それは、他では得られない武器になります。
さあ、ページをめくってください。
京都という舞台で、あなたの物語を紡ぐ準備は、もう整っています。
◇第Ⅰ部:マインドセット編【京都の価値を再発見する】
◆第1章:なぜ「京都」はビジネスの武器になるのか? ~ブランドの光と影~
1-1. 世界が熱狂する「KYOTO」の正体
1-2. 日本人が抱く「京都」という特別なポジション
1-3. 世界の歴史都市の中での、京都のユニークな立ち位置
1-4. ビジネスを加速させる京都ブランドの「無形の力」
1-5. ブランドの裏側にある「作法」と「壁」
◇第Ⅱ部:ケーススタディ編【成功のかたちを学ぶ】
◆第2章:事例① 京都の“本物”を体現する企業たち (過去→現在・伝統系)
モデルケース①:一保堂茶舗(いっぽどうちゃほ)
モデルケース②:開化堂(かいかどう)
◆第3章:事例② 京都で愛される“革新者”たち (過去→現在・革新系)
モデルケース①:一澤信三郎帆布(いちざわしんざぶろうはんぷ)
モデルケース②:イノダコーヒ
◆第4章:事例③ 京都から世界へ、常識を塗り替えた巨人たち (超有名)
モデルケース①:任天堂
モデルケース②:京セラ
モデルケース➂:島津製作所
◆第5章:事例④ 京都の“新しい文化”を創造する挑戦者たち (現在→未来)
モデルケース①:SOU・SOU(そうそう)
モデルケース②:% ARABICA(アラビカ)
◆第6章:事例⑤ 私たちの身近なロールモデル(友人先輩後輩企業編)
友人先輩後輩の企業4社紹介
◇第Ⅲ部:アクションプラン編【自分の力に変える】
◆第7章:【著者実践】私が「京都アドバンテージ」をビジネスに変えた全技術
7-1. 京都の「住所」を資産に変える思考法 ~バーチャルオフィス事業の事例~
7-2. 京都の「文化」を体験価値に変える思考法 ~インバウンド向け宴会事業の事例~
7-3. 京都の「人材」をビジネスに変える思考法 ~ニッチ広告事業の事例~
◆第8章:【課題解決】「京都の壁」を突破する最強の人間関係術
8-1. 「京都の壁」の正体 ~なぜ“うちうち”の関係が重要なのか~
8-2. 移住者たちはどう壁を乗り越えたか? ~ケーススタディに学ぶ突破口~
8-3. 最強の実践術:経営者コミュニティで「役職」を担う
◆第9章:【応用編】「京都力」をあなたのビジネスの羅針盤にする思考法
9-1. あなたのビジネスに「京都らしさ」を活かすアイデア集
9-2. あなたの“京都”の価値を再発見するワークショップ
9-3. 京都で永く愛されるビジネスを続けるために
◇おわりに:京都という舞台で、あなた自身の物語を紡ぐ
★1-1. 世界が熱狂する「KYOTO」の正体★
もう20年近く前のことになります。海外旅行に出かけると、私は決まって現地の書店に立ち寄るのを習慣にしていました。そこに並ぶ本の背表紙を眺めるだけで、その国の雰囲気や文化の一端に、最も手軽に触れられるような気がしたからです。
シンガポール、台湾、韓国、ベトナム、そしてアメリカ、カナダ。訪れた国の数だけ、私は現地の言葉で書かれた本が並ぶ空間に足を運びました。目的の場所は、決まって観光ガイドブックのコーナーです。異国の地で、自分の故郷がどう紹介されているのかを知るのは、なんとも言えず興味深い体験でした。
そこで、私はある事実に気づくことになります。
日本のガイドブックは、そのほとんどが「JAPAN」という大きなくくりか、「関東」「近畿」「九州」といった地方ごとにまとめられています。そもそも、都道府県が単体で一冊のガイドブックとして紹介されていること自体が稀でした。
しかし、その数少ない例外の中でも、圧倒的な存在感を放っていたのが、ほかでもない「KYOTO」だったのです。
もちろん、「TOKYO」のガイドブックもありました。雄大な自然を誇る「HOKKAIDO」や、美しい海に囲まれた「OKINAWA」も、数冊見つけることができました。しかし、どの国の書店に行っても、単体の都市として最も多くのスペースを割かれ、多様な切り口のガイドブックが並べられているのは、決まって京都でした。
日本の都道府県は47もあるというのに、この事実は、若い私にとって静かな衝撃でした。私たちが当たり前のように生まれ育ち、日常を過ごすこの街は、どうやら外の世界からは、他のどの都市とも違う、極めて特別な眼差しで見つめられているらしい。
その漠然とした気づきは、やて確信へと変わっていくことになります。
あれから20年近くが経った2025年10月現在、その傾向は衰えるどころか、ますます強くなっています。コロナ禍による長い停滞期を経て、世界中の人々が再び旅に出るようになりました。特に、2025年の大阪・関西万博は、関西圏、ひいては日本全体への関心を再び燃え上がらせる大きな起爆剤となっています。
その中でも、インバウンド観光客が最も強く惹きつけられる目的地の一つが、依然として京都であることは論を俟ちません。世界的な旅行雑誌『コンデナスト・トラベラー』や『トラベル・アンド・レジャー』などが発表する「世界の魅力的な都市ランキング」では、京都は常に上位の常連です。
では、なぜ彼らはこれほどまでに京都を目指すのでしょうか。その深層心理を探ると、単なる「観光」という言葉では片付けられない、現代人ならではの深い渇望が見えてきます。
彼らが求めているのは、第一に**「本物の文化体験」**です。
情報が溢れ、あらゆるものが疑似体験できるようになった現代だからこそ、人々は歴史に裏打ちされた「本物」に触れることを渇望しています。東京で最新のファッションやテクノロジーに触れることはできても、京都でしかできない体験があります。それは、ただ着物を着て写真を撮るだけでなく、老舗の職人に手ほどきを受けながら清水焼の絵付けをしたり、静寂な寺の朝の勤行に参加して座禅を組んだり、といった、その土地の文化の奥深くに没入するような体験です。SNS上には、「#kimono」「#teaceremony」といったハッシュタグと共に、そうした体験に深く感動した外国人の投稿が無数に存在します。彼らは、単なる消費者ではなく、文化の参加者になりたいのです。
第二に、彼らが求めるのは**「精神性」**です。
目まぐるしく変化する日常や、常に情報に接続されているデジタル社会のストレスから逃れ、心の平穏を取り戻したい。そうした願いを持つ人々にとって、京都は一種の聖地(サンクチュアリ)のように映ります。龍安寺の石庭が持つ静謐さ、苔寺の深く 深淵な緑、伏見稲荷の千本鳥居が作り出す幻想的な空間。これらは単なる美しい風景ではなく、訪れる者の心を内省へと導き、精神的な充足感を与えてくれます。彼らは京都で、自分自身と向き合うための時間を探しているのです。
そして第三に、それは**「美意識」**への憧れです。
京都の魅力は、寺社仏閣といった大きな建築物だけに宿るわけではありません。むしろ、その真価は細部に宿ります。季節の花一輪がさりげなく生けられた床の間、料理の色合いを引き立てる器の選び方、手入れの行き届いた坪庭、雨に濡れた石畳の艶やかさ。そこには、自然と調和し、不完全さの中に美を見出す、日本独特の美意識が貫かれています。この繊細で奥深い美意識は、海外の人々にとって新鮮な驚きであり、強い憧れの対象となります。彼らがカメラのシャッターを切るのは、その美意識が凝縮された「決定的瞬間」なのです。
つまり、世界が京都に熱狂する理由は、単に古い街並みが残っているからではありません。「本物の文化体験」「精神性」「美意識」、この三つが渾然一体となって、他のどの都市も提供できない、唯一無二の価値を生み出しているからです。
我々京都人が日常として過ごしているこの環境こそが、世界が渇望する「宝の山」なのです。
★1-2. 日本人が抱く「京都」という特別なポジション★
世界の人々が京都に熱狂する理由は、前節で述べたとおりです。では、私たち日本人はどうでしょうか。海外からの視点とはまた違う、独特で、そして極めて強固なブランドイメージが、私たち日本人の中に深く根付いていることにお気づきでしょうか。
試しに、日本の主要な大都市を思い浮かべてみてください。
東京は、言うまでもなく日本の首都であり、ビジネスと経済の中心地です。最先端の情報、金融、政治、あらゆるものが東京に集中しています。「東京に本社がある」と聞けば、多くの人は規模の大きな、先進的な企業をイメージするでしょう。
大阪は、「天下の台所」と呼ばれた歴史を持つ、エネルギッシュな商人の街です。「食い倒れ」の言葉に象徴される活気ある食文化と、ユーモアにあふれたコミュニケーションがその魅力です。「大阪の会社」と聞けば、どこかパワフルで、商売上手な印象を受けます。
名古屋や神戸も、それぞれ独自の産業と文化を持つ魅力的な大都市です。しかし、「京都」という言葉が持つ響きは、これらのどの都市とも明らかに異なります。
例えば、あなたが新しい和菓子店を始めるとします。本店所在地が「東京都中央区」や「大阪市中央区」であることと、「京都市中京区」であること。どちらがより、その和菓子に「本物」の響きと、歴史に裏打ちされた「品質」のイメージを与えるでしょうか。答えは明白です。
これが、京都が持つ**「和」の象徴としての絶対的なポジション**です。
着物、茶、和菓子、日本料理、伝統工芸、旅館——。およそ「和」のイメージが求められるあらゆるビジネスにおいて、「京都」という地名は、他の追随を許さない圧倒的なブランド力を発揮します。それは、ただの地名ではありません。顧客が商品やサービスを選ぶ際の、極めて強力な判断基準、一種の品質保証マークとして機能するのです。
では、なぜ私たち日本人は、これほどまでに京都に特別な感情を抱くのでしょうか。
その源泉は、この国が積み重ねてきた歴史そのものにあると私は考えます。千年以上もの間、日本の都として文化の中心であり続けたという事実は、私たちの意識の奥深くに、京都に対する歴史への敬意を刻み込んでいます。教科書で学んだ歴史上の人物や出来事の多くが、この京都を舞台に繰り広げられてきました。その歴史の厚みが、他の都市にはない「格」を生み出しているのです。
そして、その歴史の中で磨き上げられてきた、ものづくりへの厳しい目と職人の技は、品質への信頼へと繋がりました。「京もの」と聞けば、多くの日本人が連想するのは、妥協のない手仕事、洗練された意匠、そして本物だけが持つ質の高さです。
さらに、私たちの心の中には、この街が持つ文化的な憧れが存在します。季節の移ろいを繊細に感じ取り、暮らしの中に取り入れる美意識。多くを語らずとも本質を伝える、洗練されたコミュニケーション。そうした京都ならではの文化は、忙しい現代を生きる私たちにとって、どこか失われた日本の原風景を思い起こさせ、心を惹きつけるのです。
歴史への敬意、品質への信頼、そして文化的な憧れ。
これらが複雑に絡み合い、私たち日本人の中に「京都は特別だ」という共通認識を形作っています。この、日本人の心に深く根差したブランドイメージこそが、京都でビジネスをする上での、計り知れない追い風となるのです。
★1-3. 世界の歴史都市の中での、京都のユニークな立ち位置★
ここまで、世界と日本から見た京都の特別な価値について述べてきました。
しかし、言うまでもなく、歴史を持つ美しい古都は京都だけではありません。
では、世界に数ある歴史都市の中で、京都はどのようなユニークな立ち位置にあるのでしょうか。
「観光」「文化」「歴史」という三つの柱で考えると、京都の輪郭はより鮮明になります。
🏯 観光の巡礼地として
観光という観点では、いくつかの都市が京都と似た輝きを放っています。
イタリアのフィレンツェは、ルネサンス文化と芸術の宝庫であり、中世の町並みが美しく保存された世界遺産の街です 。京都の寺社仏閣に匹敵する美術館や教会が並び、世界中から多くの観光客が訪れる様は、まさに「美の巡礼地」という共通点を感じさせます 。
チェコのプラハは、ゴシックとバロックが混在する幻想的な街並みが魅力です 。「ヨーロッパの魔法都市」とも呼ばれるその雰囲気は、京都が持つ「雅(みやび)」な世界観とどこか共鳴する部分があるでしょう 。
また、アジアとヨーロッパの交差点であるトルコのイスタンブールも比較対象となり得ます 。東西文化が交わる地であること、そして歴史的な遺産の密集度という点では、京都とも通じるものがあります 。
🎎 文化の中心地として
文化という観点で見れば、フランスのパリが最もふさわしい比較対象かもしれません 。
「芸術と文化の首都」としてのパリと、「日本文化の精髄」である京都 。どちらの都市も、料理、ファッション、建築、美術といったあらゆる文化が集積しています 。しかし、その在り方には興味深い違いがあります。パリが常に新しいものを生み出す「革新と伝統の共存」を体現しているのに対し、京都の強みは「伝統文化の精緻な継承」にあると言えるでしょう 。
とはいえ、どちらも都市そのものが「歩いて回るミュージアム」であり、訪れる者に尽きないインスピレーションを与えてくれる点は共通しています 。
🏛 歴史の源流として
都市が持つ時間の深さ、すなわち歴史という観点では、さらに二つの都市が浮かび上がります。
一つは、西洋文明の根源とも言えるイタリアのローマです 。神話、皇帝、そしてキリスト教。その歴史の積層は、京都が持つ神道・仏教・皇室文化という深層的な時間と並び称されるべきものでしょう 。
もう一つは、中国の西安です。かつて長安として唐の都であったこの街は、碁盤の目状の都市計画など、京都のモデルになったと言われています 。仏教伝来の道筋を考えれば、東洋文化の源流として、ある種の「兄弟都市」と呼べるかもしれません 。
◆京都ならではのビジネス価値
このように、世界には素晴らしい歴史都市が数多く存在します。しかし、ビジネスの視点から京都を捉え直したとき、その決定的なユニークさが見えてきます。
それは、フィレンツェやローマが持つ「美術館としての価値」や、西安が持つ「歴史的遺産としての価値」に加え、京都の文化や伝統が、今もなお**「現役のビジネス」として経済を動かし、次の世代へと継承され続けている**という事実です。
茶道や華道が「習い事」として巨大な市場を形成し、西陣織や清水焼が「プロダクト」として世界に輸出され、芸舞妓の存在が「体験価値」として観光の目玉となる。この**「生きた伝統」**こそが、他のどの歴史都市も容易には模倣できない、京都だけの強みなのです。
そしてこの強みこそが、次の項で解説する、私たちのビジネスを加速させる「無形の力」の源泉となっているのです。
★1-4. ビジネスを加速させる京都ブランドの「無形の力」★
世界からの熱狂的な眼差しと、日本人の中に深く根付いた特別なポジション。これらが京都というブランドを形成していることは、ご理解いただけたかと思います。
では、この強力なブランドは、具体的に私たちのビジネスにどのような影響を与えてくれるのでしょうか。それは、目には見えないながらも、ビジネスのあらゆる場面で強力な追い風となる4つの「無形の力」として整理することができます。
一つ目は**「信頼性」**です。
これは、私がバーチャルオフィス事業を始めた際に最も痛感した力です。例えば、あなたが新しい取引先に名刺を渡す場面を想像してください。そこに「京都市中京区」と印刷されているだけで、相手が抱く印象は変わります。なぜなら、そこには千年の都が育んだ歴史と文化、そして本物を見極める厳しい目の中で商売を続けてきた街、という背景が透けて見えるからです。それは「この会社は、確かな場所でしっかりとした事業をしているに違いない」という、言葉にする必要のない信頼感を生み出します。ウェブサイトの会社概要、商品のパッケージ、その一つひとつに刻まれた「京都」の二文字が、あなたのビジネスの信用度を静かに、しかし確実に高めてくれるのです。
二つ目は**「付加価値」**です。
京都ブランドは、商品やサービスの価格を、顧客が納得する形で引き上げる力を持ちます。例えば、全く同じ品質のハンカチがあったとします。片方は無地、もう片方には京友禅の職人が手掛けたワンポイントの柄が入っている。それだけで、後者は単なるハンカチではなく、「京都の美意識を携帯する」という物語を持つ工芸品へと昇華し、数倍の価格で販売することが可能になります。同じ抹茶パフェでも、「宇治の老舗茶舗〇〇の抹茶を使用」と一言添えるだけで、顧客の期待感と満足度は大きく変わります。京都という背景は、あらゆるものに「物語」と「品質の証」という付加価値を与えてくれるのです。
三つ目は**「集客力」**です。
もしあなたが他の都市で新しいお店を開くとしたら、多くの広告費をかけて、まずはお店の存在を知ってもらうところから始めなければなりません。しかし、京都では街そのものが、世界でも有数の集客装置として機能しています。国内外から年間数千万人もの人々が、この街に「何か面白いものはないか」「素晴らしいものに出会いたい」という目的意識を持って訪れます。あなたの店が魅力的なコンセプトを持ってさえいれば、彼らは自らあなたを見つけ出し、足を運んでくれるのです。京都では、街全体があなたのビジネスのショーウィンドウになります。
そして四つ目は**「情報発信力」**です。
テレビ、雑誌、ウェブメディアといった媒体は、常に「京都の新しい話題」を探しています。京都で新しいカフェがオープンした、ユニークな取り組みを始めた工房がある——そうしたニュースは、それだけで「記事になる」価値を持っています。他の都市であれば埋もれてしまうような小さな活動でも、「京都で」という枕詞が付くだけで、メディアが注目し、取材に来てくれる可能性が格段に高まります。そして、一度メディアに取り上げられれば、その情報はSNSなどを通じて瞬く間に拡散していきます。京都にいるだけで、あなたのビジネスは強力なスポットライトの下に立つことができるのです。
「信頼性」「付加価値」「集客力」「情報発信力」。
これら4つの力は、京都でビジネスを始める者にとって、最初から与えられている、あまりにも大きなアドバンテージです。問題は、私たち自身がこの強力な武器の存在に無自覚であること。まずはこの「無形の力」を自覚することこそが、あなたのビジネスを飛躍させる第一歩となるのです。
★1-5. ブランドの裏側にある「作法」と「壁」★
ここまで、京都ブランドがビジネスに与える「信頼性」「付加価値」「集客力」「情報発信力」という、輝かしい光の側面について述べてきました。これらは間違いなく、京都でビジネスを始める者にとって、最初から与えられている大きなアドバンテージです。
しかし、その強力な光は、同時に濃い影も生み出します。そしてその影こそが、京都で商売をする上での「むずかしさ」の本質であり、私たちが理解しておくべき独特の「作法」と「壁」なのです。
この街でビジネスをしようとすると、多くの人がまず、**「よそものをうけいれにくい」**という空気に直面します。新しい事業を始めようと挨拶に回っても、どこか探るような視線を感じたり、丁寧ながらも距離を置いた対応をされたりする。京都に生まれ育った私たちでさえ、新しいことを始めようとすれば、同様の経験をすることがあります。
これは、単なる排他主義や意地悪(いけず)ではありません。千年以上にわたり、この街が自らの文化と品質を守るために培ってきた、一種の防衛本能なのです。都には、常に全国から様々な人やモノが出入りしてきました。その中で、本物を見極め、まがい物を退け、コミュニティの秩序を維持するために、「素性の知れないものは簡単には信用しない」という気質が育まれたのです。
そして、その気質から生まれたのが、**「誰からの紹介であるか」**を極めて重要視する文化です。
京都のビジネスシーンでは、「一見さんお断り」という言葉が今も生きています。これは、単に新しい顧客を拒否しているわけではありません。「信頼できる誰かのお墨付き」がない限り、深い関係は築けない、という意思表示なのです。どんなに優れた商品やサービスを持っていても、何の紹介もなく老舗の門を叩けば、丁重に断られることがほとんどでしょう。しかし、その老舗が絶大な信頼を置く人物からの紹介状一本があれば、扉は驚くほどあっさりと開きます。
この「紹介文化」は、ビジネスのスピード感を著しく損なうこともあり、非効率的だと感じるかもしれません。しかし、これこそが、前節で述べた京都ブランドの**「信頼性」を担保してきた文化的土壌**そのものなのです。
考えてみてください。なぜ「京都」という名刺の住所に、人々は信頼を寄せるのでしょうか。それは、この街が、厳格な紹介というフィルターを通して、時間をかけて少しずつコミュニティを形成してきたからです。この「壁」が、安易な参入や短期的な利益だけを求める事業者を退け、結果として街全体の品質とブランド価値を守ってきたのです。
つまり、私たちが直面する「壁」は、京都ブランドという城を守るための「城壁」でもあるのです。
この作法と壁を、単なる障害物と捉えるか、それとも京都でビジネスをするためのルールと理解し、乗り越えるべきハードルと捉えるか。その視点の違いが、成功への道を大きく左右します。この本では、後の章(第8章)で、この壁を乗り越えるための具体的な戦略についても詳しく解説していきます。
まずは、この光と影の両面を併せ持つのが、京都ブランドの本当の姿なのだということを、ここでしっかりと心に刻んでおいてください。
以下、先に5章の1部を執筆
◇◆第5章:【著者実践】私が「京都アドバンテージ」をビジネスに変えた全技術◆◇
☆5-1. 京都の「住所」を資産に変える思考法 バーチャルオフィス事業☆
起業の原点は、京都ではなく東京——六本木でした。
当時、私は意気揚々とレンタルオフィスを契約し、月10万円近くを支払っていました。
場所は申し分なし、ビルの設備も整っていて、起業家としての“体裁”は整っていたはずでした。
でも、ある日ふと気づいたんです。オフィス内、がらんとしている。
「そういえば、会員さん……ほとんど来てへんやん」と。
スタッフに聞いてみると、「会員のほとんどは書類上だけで、普段は家で仕事されてますよ」と言うんです。
つまり、実際には“物理的なワークスペース”を使ってない。
それでも皆、毎月10万円近くを支払い続けている。
私は驚きました。そして、こう思ったんです。
「やっぱり、みんなが欲しいのは“場所そのもの”より、“住所の信頼”なんやな」と。
六本木の住所には、“信用”と“格式”がある。だから通ってなくても支払う。
ならば、自分が住んでいる“京都”の住所も、それ以上に価値があるのではないか——
そう考え始めました。
京都御所の近く、誰もが知っている由緒ある地名。
私がバーチャルオフィスを始めた場所は、まさにその一帯でした。
すると驚くほど早く契約が決まりました。特に他府県の起業希望者や個人事業主にとっては、
「御所近くの京都アドレス」が大きな信頼感とブランド力になったのです。
ある契約者さんは言いました。
「この名刺に“京都●●”と印刷できるだけで、商談の雰囲気が変わるんですよ」
「“地元京都の拠点があります”って言えるのは、営業上すごく強いです」
私にとっては、ただ暮らしている住所。
でも、外から見るとそれは「信用の証」だったんです。
こうして私は、「ただの地名」が「信用の通貨」になることを身をもって学びました。
京都に住んでいる。
それだけで、すでに何かを持っている。
それに気づき、その“持っているもの”を整理・可視化・提供するだけで、ビジネスは動き出すんです。
それが、私の“京都アドバンテージ”の第一章でした。