45分の尺を前提とした短編ドラマの脚本に挑戦します。
ネタ探しの日常
〇哲学の道・銀閣寺橋付近(早朝7時前)
*「哲学の道」と刻まれた木の道標が立つ。傍らには「桜まつり」の札。
まだ朝靄が濃く残り、桜並木にもようやく朝日が淡く差し込み始めたばかり。
鳥の様々なさえずりと、疎水を流れる水の音が静かに響いている。
*そんな早朝にも関わらず、美しい桜並木の下には、すでにちらほらと楽しそうに散策したり、写真を撮ったりする人々の姿が見える。その誰もが桜に魅了され、笑顔を浮かべている。
*成瀬大翔(20)、手には使い古されたメモ帳とペン。キョロキョロと獲物を探すように周囲を見回しながら、少し猫背気味に歩いている。その目は期待と焦りが入り混じっている。
*前方から、イヤホンで音楽を聴きながら、高そうな革靴を履き、ブランドもののカバンを持ったビジネスマン(40代)が足早に歩いてくる。その手には、英字新聞が丸めて握られている。
大翔M「(ビジネスマンの足元から頭までを素早く観察し、目が輝く)
おっ、来た!あの雰囲気、間違いない!今日の獲物(ネタ)だ!」
(ビジネスマンが、ふと英字新聞を広げ、何かを確認するように眉をひそめる)
大翔M「英字新聞…!ってことは、外資系のエリート?いや、もしかして…スパイ!?あの新聞、実は暗号になってて、今まさに国家機密を解読中とか!だとしたら、俺が話しかけたらヤバいんじゃ…いや、でも、それこそ最高のネタだろ!」
大翔「(人懐っこい笑顔で、ビジネスマンの前に少し回り込むように)
おはようございます!そのキリッとしたスーツ姿、もしかして京都の経済を動かすスゴ腕の方ですか!?いやぁ、絶対そうだってオーラが!今日のビッグプロジェクトとか、こっそり教えてもらえませんか?僕、小説のネタにしたくて!」
*ビジネスマン、怪訝な顔で大翔を一瞥し、軽く会釈だけして足早に通り過ぎる。その背中が遠ざかっていく。
大翔「(見送りながら、期待が外れたように少し肩を落とす)
…だよなぁ。いきなりは無理か。でも、なんか掴めそうだったんだけどなぁ…。(気を取り直して、自分に言い聞かせるように)ま、なんとかなるっしょ!」
大翔M「(空を見上げ、桜の花びらが舞うのを目で追いながら、少し遠い目をして)
京都に来て、もう一年…。本当は、じいちゃんのこと、書きたいんだけどな…。神田の祭りを灯した、あの提灯みたいに、人の心を照らす物語をさ。でも…今の俺じゃ、じいちゃんのカッコよさ、全然伝えらんねぇよな…」
*大翔 再び獲物を探す目つきに戻り、キョロキョロと周囲を見回す。
向こうから、最新のウェアに身を包み、颯爽とランニングしてくる女性(30代)。そのストイックな表情に、大翔の目が留まる。
大翔「(女性の進路に少し踏み出し、目を輝かせて)
おはようございます!その軽やかな走り、もしかして京都代表のアスリートの方とか!?いやぁ、絶対これ面白いって!朝の哲学の道を走るって、どんなインスピレーションが湧いてくるんですか?僕、小説家目指してて、そういう『働く人のリアルな声』、集めてるんです!」
*ランニングの女性、一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに無表情に戻り、軽く会釈だけして自分のペースを崩さずに走り去っていく。
大翔「(走り去る女性を見ながら、少し息を切らして)
さすがアスリート。去るのも速い!そういうことじゃないか。うーん、難しい!」
大翔M「(少し焦ったように早口で、メモ帳の空白のページを指でなぞりながら)
じいちゃんが作った提灯が祭りで灯ると、みんな本当に嬉しそうだった。『宗吉さんの提灯は今年も最高だねぇ!』って、あの笑顔…。だからって、いつまでもウジウジしてるわけにはいかねぇんだよ!まずは一本!ちゃんと一本書き上げて…次のコンテストで評価される。締め切りは迫っているけど。。。そしたら、いつか絶対、じいちゃんの物語を…!」
*大翔 メモ帳に何かを書き込もうとして、結局書かずにペンを止める。
ため息をつきかけるが、遠くから楽しそうな外国語の話し声が聞こえてきて、そちらに顔を向ける。
数人の若い外国人観光客グループ(20代男女)が、大きなカメラを手に、桜を背景に大げさなポーズで写真を撮り合っている。
大翔「(表情を輝かせ、グループに近づいていく。その足取りは少し軽やか)
おはようございます!皆さん、めっちゃ楽しそうですね!やっぱり京都って、人をハッピーにするパワーありますよね!その笑顔の秘密、ちょっとだけ教えてもらえませんか?僕、小説書いてて、京都の魅力を世界に発信したいんです!皆さんの『リアルな感動』、ぜひ参考にさせてください!」
*観光客の一人(男性)が、少し戸惑いながらも、片言の日本語で答える。
観光客の男「え、あ、はい。サクラ…キレイ…ビューティフル!」
大翔「(熱心にメモを取ろうとするが、その言葉に表情は少し曇る)
桜が綺麗…うん、それは間違いないんですけど…もっとこう、グッとくるエピソードが…!」
*観光客グループ、顔を見合わせ、苦笑いしながら「ソーリー」と手を振り、その場を去っていく。
大翔「(一人残り、手帳を見つめて、がっくりと肩を落とす)
今日も空振りかぁ…」
大翔M「(夕焼け空を見上げるような、少し切ない表情で、疎水に浮かぶ桜の花びらを見つめながら)
じいちゃんが提灯に魂込めたみたいに、俺も言葉に魂込められるようになりてぇんだけどな…。道のりは、まだまだ遠そうだ…」
*(大翔、ふうっと息を吐き、それでも諦めきれない様子で、再び周囲に視線を巡らせる。何か面白いものはないか、誰か面白い人はいないか、と探す目で。)
売れっ子小説家の早朝の日課
〇哲学の道・早朝(続き)
*シーン1の終わり、成瀬大翔がキョロキョロと周囲を見回している。
場面は変わり、哲学の道の別の場所。(南に曲がるあたり)
少しずつ日が差し始め、朝靄がゆっくりと晴れていく。桜の花びらが疎水に静かに浮かんでいる。
*瀬田詩織(37)、上質だが動きやすいウォーキングウェアに身を包み、いつものように哲学の道を歩いている。その足取りは慣れたものだが、どこか表情は晴れない。新しいインスピレーションを探しているものの、なかなか見つからない、といった様子の物憂げな表情。
*詩織、ふと、いつもは通らない細い脇道に目をやる。一瞬、そちらへ進んでみようかというように数歩踏み出すが、すぐに小さく首を振り、結局いつもの道に戻る。自分でもその行動に少し呆れたような、自嘲気味の笑みを浮かべる。
*詩織、道端に落ちている見慣れない形の小石を拾い上げ、じっと見つめる。何か新しい発見を期待するかのように。しかし、結局それを静かに元の場所に戻し、小さく息を吐く。
詩織M「(心の中で、自嘲気味に)
…結局、いつもの道。新しい道を選ぼうとしても、足が勝手に慣れた方へ向く。小説も、同じかもしれないわね。社会派、社会派って…もう何年、同じようなテーマを追いかけてるんだろう。あの頃の…初めて賞をもらった時の、世界がキラキラして見えたような、あのワクワク感、どこに置いてきちゃったのかしら…」
*道の脇、石垣の上で丸くなっている猫、にゃんたろうを見つける。詩織、いつものように足を止め、猫に近づく。
詩織「(にゃんたろうに、親しみを込めた軽口で)
おはよう、にゃんたろう。また同じ場所で同じように丸くなって…。まるで締め切り前の私みたいね。いつもそこにいて、何か面白い物語でも見聞きしたら教えてね」
*にゃんたろう、詩織を見上げて小さく「ニャア」と鳴き、また丸くなる。詩織、その様子に小さく頷き、再び歩き出す。
*少し行くと、前方から毎朝顔を合わせる老人、田中誠(70代)が杖をつきながらやってくる。
田中「(詩織に気づき、にこやかに)
先生、おはようございます。今朝はひときわ桜が綺麗ですなぁ」
詩織「(田中さんに気づき、いつものように穏やかに)
田中さん、おはようございます。本当に。まるで言葉を失うほどの色彩ね。本当に桜の前では言葉はいらないわ。こういう時、物書きは無力ね」
田中「(少し笑って)良い一日を、先生」
詩織「田中さんも」
*二人は軽く会釈し、すれ違う。詩織が一人になり、再び自分の思考に沈むように歩き始めた、その時。
*少し前方で、成瀬大翔が道行く人に声をかけては、何かを熱心に話しているのが見える。しかし、相手は困惑した様子で通り過ぎていく。大翔はそれに気づかず、また別の人に声をかけようとしている。そのせいで、彼の歩く速度は非常に遅い。
*詩織、その奇妙な光景に気づき、少し眉をひそめる。
詩織M「(心の中で、少し眉をひそめつつも、どこか面白そうに)
あら…? 今日の哲学の道、なんだかいつもと雰囲気が違うと思ったら…ずいぶんとエネルギッシュなのがいるわね。何してるのかしら、あの若いの。ちょっと…いや、だいぶ、変わってるわね」
*(詩織の視点:大翔が誰彼構わず話しかけ、空振りしている様子がコミカルに映る)
*詩織がゆっくりと大翔に追いつき、ちょうど大翔が次のターゲットに声をかけようとした瞬間に、詩織が大翔のすぐ後ろを通り過ぎようとする。その気配に気づいた大翔が、勢いよく振り返り、詩織に声をかける。
大翔「(少し興奮気味に、しかし人懐っこい笑顔で)
あの!おはようございます!もしかして、この辺りにお住まいの方ですか?僕、小説家を目指してる成瀬って言います!ちょっとだけ、お話聞かせてもらえませんか!?」
*詩織、突然すぐ近くで大きな声を出され、少し驚き、足を止める。目の前には、目を輝かせた若い男(大翔)が立っている。詩織、先ほどの彼の奇妙な行動を思い出しつつ、その勢いに一瞬戸惑いながらも、冷静に大翔を見つめる。
詩織「…随分と手当たり次第に声をかけていたようだけど。何かの取材?で、私に何かご用?」
有名小説家あらわる!?二人の出会い
〇哲学の道・早朝(続き)
*木漏れ日が差し込み、桜の花びらがキラキラと輝いている。
*瀬田詩織、成瀬大翔の突然の申し出に、まだ少し警戒心を解いていない。しかし、その表情には、うっとうしさの中に、目の前の若者の(一瞬、その整った顔立ちに目を留め、すぐに逸らす)華やかな容姿や、熱意のこもった全身の動きを品定めするような、ほんのわずかな興味が混じり始めている。
大翔「(詩織の返事を待たずに、目を輝かせて一方的に話し続ける)
僕、成瀬大翔って言います!京都大学の文学部で、今は小説家を目指してて!で、今、『京都で働く人』をテーマにした物語を考えてるんですけど、これがなかなか…!何かこう、ビビッとくるネタがなくて!この辺りにお住まいなんですか?何か面白い話とか、ご存じないですかね!?例えば、実はこの哲学の道に毎日現れる謎の仙人とか、そういうのいません!?」
*詩織、大翔の的外れで突拍子もない熱弁に、呆れつつも、そのあまりの純粋さと勢いに、思わず口元がほんの少しだけ緩む。
詩織「(冷静さを保ちつつ、少し探るように)
…ずいぶんと、情熱的なのね。それで、私に何の用かしら?仙人探しのお手伝い?」
大翔「(詩織の言葉に、さらに勢いづいて。しかし、少しおずおずと、期待を込めた眼差しで詩織を見つめ)
いや、仙人もいいんですけど!あの、もしかして…京都大学の文学部の先生とかですか!?僕、そういうオーラを感じるんですよ!だったら、ぜひ僕の小説の相談に乗っていただきたくて!」
*詩織、大翔の的外れな勘違いに、一瞬、眉をひそめるが、すぐにいつものクールな表情に戻る。
詩織「残念だけど、私は大学で教えてはいないわ。それに、人の相談に乗るような柄でもないし」
大翔「えーっ、そうなんですか!?でも、その落ち着いた雰囲気とか、言葉の選び方とか、絶対ただ者じゃないですよ!もしかして…どこかの出版社の方とか?編集者さんとか!」
*詩織、大翔の諦めの悪さと、次から次へと繰り出される勘違いに、内心では面白がり始めている。しかし、表情には出さず、少し意地悪く、しかし核心に触れる言葉をポツリと漏らす。
詩織M「(…この子、本当に面白いわね。今日の散歩は退屈しなさそうだわ)」
詩織「…まあ、しがない物書きではあるけれど。でも、あなたにアドバイスできるようなことは何もないわよ。自分の足でネタを探すのが、物書きの基本でしょう?」
*その詩織の「物書き」という言葉と、どこか含みのある言い方、そして彼女の纏う独特のオーラに、大翔の頭の中で何かが繋がる。彼が尊敬する、ある小説家のインタビュー記事や、その独特な語り口が脳裏をよぎる。
大翔「(突然、目を見開き、詩織をまじまじと見つめて。信じられないという表情と、期待が入り混じる)
え…物書き…?も、もしかして…あの、数々の文学賞を受賞されて、ドラマ化も映画化もされてて、社会現象を巻き起こした…あの…瀬田詩織先生ですかーーーっ!?」
*大翔、確信に近い驚きで、詩織を指ささんばかりの勢い。
*詩織、図星を突かれ、一瞬ギクリとするが、すぐにポーカーフェイスに戻ろうとする。しかし、そのわずかな動揺を大翔は見逃さない。
詩織「…人違いじゃないかしら」
大翔「(さらに興奮して、まくし立てるように)
いや、絶対そうです!僕、先生のデビュー作からの大ファンなんです!小説はもちろん、ドラマも映画も全部見ました!著者近影のお写真で、何となくお顔も覚えてましたし…先生が京都市内にお住まいなのも、インタビューで読んだことあります!まさか、こんなところでお会いできるなんて…!写真もいいけど実物は100倍きれいですね!特に『伊根町、時のさざなみ』のあのラストシーン!あれは天才の仕事です!何度読んでも泣けます!あ、あの、サインください!握手も!いや、僕のこの原稿(おもむろにメモ帳を取り出す)読んでもらえませんか!?」
*(詩織の作品の素晴らしさを語る時、彼の小説への純粋な「想い」と「切実さ」が言葉の端々に滲み出る)
*詩織、大翔のあまりの熱量と、キラキラした子犬のような目で見つめられ、完全にペースを乱される。クールな仮面の下で、内心は葛藤。
詩織M「(やれやれ、大げさな子ね。でも、ここまで熱烈に褒められるのは悪い気はしないわ…それに、この真っ直ぐな目と、綺麗に整った顔立ちは、見ていて飽きないかもしれないわね…というか、この勢い、断るのも面倒ね…)」
*詩織、大きなため息を一つつき、ふと近くにあった自動販売機に目をやる。
詩織「(気分を変えるように)
…ちょっと喉、渇かない? 私、何か温かいものでも飲もうかしら」
*詩織、自販機に向かい、慣れた手つきで缶コーヒーを選ぶ
大翔「(目を輝かせて)
あ、じゃあ僕も!何がいいかな~」
詩織「(自分の分のコーヒーを取り出しながら、大翔を見ずに、ぶっきらぼうに)
…ついでだから、あなたのも買ってあげるわよ。何がいいの? ま、どうせブラックじゃないんでしょうけど」
大翔「え、いいんですか!? やったー!じゃあ、微糖でお願いします!」
*詩織、無言で微糖の缶コーヒーを買い、大翔に渡す。大翔、嬉しそうに受け取る。
詩織、自分の缶コーヒーを一口飲み、少し落ち着きを取り戻したように、改めて大翔に向き直る。
*詩織(観念したように)
詩織「…わかったわよ。サインも握手もしないし、原稿も読まない。でも、このコーヒーを飲み終わるまでくらいなら、あなたのその『ネタ相談』に付き合ってあげなくもないわ。ただし、私はアドバイスするとは限らない。ただ聞くだけかもしれない。それでもいいならね」
大翔「(顔をパッと輝かせ、飛び上がらんばかりに喜んで)
本当ですか!?やったー!ありがとうございます!さすが瀬田先生、懐がエベレスト級っす!」
*詩織 呆れたように、でもどこか楽しそう
詩織「…うるさいわね。さっさと歩くわよ」
*詩織、大翔を促すように歩き出す。大翔、嬉しそうにその後を追いかける。
二人の奇妙な師弟関係(?)が、桜舞う哲学の道で始まった。
大翔のアイデアと詩織の具体的アドバイス
〇哲学の道・早朝(続き)2人の散歩スタート
*日差しが明るくなり、桜並木がより一層輝きを増している。
*成瀬大翔と瀬田詩織は、ゆっくりと哲学の道を歩いている。大翔は興奮冷めやらぬ様子で、詩織に次々と話しかける。詩織は相変わらずクールな表情だが、時折、大翔の言葉に面白そうな反応を見せる。
大翔「いやー、まさか瀬田先生とこうやってお話しできるなんて、夢みたいです!僕、本当に先生の作品、特に『伊根町、時のさざなみ』が大好きで!あの、ラストシーンの…」
詩織「(大翔の言葉を遮るように)わたしの話は、そのくらいにしておきなさい。それより、ネタ相談なんでしょう?何か考えてきたの?」
大翔「あ、はい!もちろんです!まず一つ目なんですけど…京都といえば、やっぱり伝統工芸じゃないですか!なので、頑固一徹な西陣織の職人さん!後継者不足とか、時代の変化とかに悩みながらも、黙々と機(はた)を織り続ける…みたいな!どうでしょう!?」
*詩織、少し考える素振りを見せる。
詩織「…まあ、悪くはないわね。でも、その『頑固一徹』っていうのが、少しありきたりじゃないかしら。本当に面白い職人さんっていうのは、頑固なだけじゃなくて、どこかチャーミングだったり、意外な一面を持ってたりするものよ。それに、あなたはその他府県出身なんでしょう?京都の職人さんの『頑固さ』の本質、ちゃんと描けるかしら? その頑固さの裏にある、現代社会への抵抗や、守りたいものの価値まで描かないと、ただの偏屈な人で終わってしまうわよ。 」
*真剣に詩織の話を聞いている大翔。
大翔「なるほど。そうですね」
*詩織、ふと足を止め、大翔に向き直り、小説家としての鋭い視線
詩織「もし私がその『頑固な職人』を描くなら、まずこう考えるわね。彼はなぜ頑固になったのか?過去にどんな出来事があって、彼をそうさせたのか。その頑固さは、彼にとってどんな意味があるの?守りたいものがあるから?それとも、ただ変化を恐れているだけ?そして、その頑固さが、彼の人生にどんな影響を与えているのか…例えば、周囲との軋轢(あつれき)は?彼が最終的に目指すものは何なのかしら。そういう、人間の内面にあるドラマを掘り下げないと、物語は深まらないわよ」
大翔「(詩織の言葉に圧倒され、深く頷き、メモを取りながら)
「なぜ頑固になったのか…過去…周囲との軋轢…最終的に何がしたいか…。なるほど…。僕のイメージする頑固さって、やっぱり表面的なものだったかもしれないです…」
*詩織小さく頷き、再び歩き出す
詩織「それに、そういう職人さんの話なら、もう誰かが書いているかもしれないわね。あなただけの視点、あなただけの物語を見つけないと。京都の老舗のお店とかに話を聞いてみて、ヒントにするとか」
大翔「いいですね!やっぱり京都って、100年続いていても老舗って言われないんですよね!?超長く続いているお店の取材とか、どうでしょう!?」
*詩織 呆れたような、しかし少し面白そうな表情
詩織「あら、あなた、またそういう分かりやすいイメージに飛びつくのね。『100年やそこらで老舗を名乗るな』とか、『このあいだの戦争で焼けましてん、応仁の乱のことですけど』とか、そういうのを本気で京都の人が日常会話で言ってると思ってるわけ?」
大翔「え、違うんですか!?よく聞きますけど…」
*詩織 やれやれといった感じで首を振り
「確かに歴史は古いし、代々続いてるお店も多いわよ。でもね、普通に暮らしてる京都市民が、毎日毎日『うちは創業三百年どすえ』なんて言って回ってるわけでもないし、100年続いてるお店だって立派な老舗よ。それに、そんな大昔の話を『このあいだ』なんて言ったら、普通に『いつの話やねん!』ってツッコまれるわよ。もっと言えば500年続いていても、実際に確認する方法なんてない。言ったもん勝ちみたいなところもあるわね。そもそも、あなた、一体何の話をしてるの?小説のネタ探しの本題に戻ったらどうかしら?」
*大翔 少ししょんぼりするが、すぐに気を取り直す
大翔「あ、はい!そうでした!すみません、つい京都のイメージに流されて…。じゃあ、これならどうでしょう!?変わり者のタクシー運転手!京都の裏道を全部知ってて、乗せたお客さんの人生を変えちゃうような、ちょっと不思議な体験をさせるんです!」
詩織「人生変えちゃう運転手さんねぇ。それって、その運転手さんの本業なのかしら、それともボランティア? もし本業なら、運賃の他に『人生好転コンサル料』とか取るのかしら。明朗会計だといいんだけど。…まぁ、そんな大層なことより、私ならまず、その運転手さんが毎日何人の酔っ払いを乗せて、どんな面白い(あるいは面倒な)言い訳を聞いてるのか、そっちに興味あるけど。人生を変える、なんて大それたことを描く前に、その運転手さんが日々どんな乗客と出会い、どんな些細な会話を交わし、その中で何を感じているのか。そういう日常の断片にこそ、人の本質や社会の縮図が見えるものよ。私なら、まずそこから拾い上げるわ」
*大翔 詩織の言葉を真に受ける
大翔「日常の断片…。酔っ払いとの会話…。なるほど!じゃあ、その運転手、実は元カリスマ経営コンサルタントで、訳あってタクシー運転手やってるとか…?で、酔っ払い相手に経営アドバイスして大成功させちゃうとか!」
*詩織 深いため息をつく
詩織「あなた、『働く人』じゃなくて、『スーパーヒーロー』がお書きになりたいのかしら?」
大翔「えっ、スーパーヒーローですか!?いや、そんなつもりじゃ…でも、確かにちょっとカッコよすぎる設定だったかも…。うーん、やっぱり難しいなぁ…」
*詩織 少し間を置いて、大翔の悩む様子を見ながら、ふと思いついたように
詩織「…それにね、成瀬くん。あなたが描きたい『京都で働く人』、例えば西陣織の職人さん、必ずしも現代の人じゃなくてもいいのよ?」
大翔「え…?現代じゃないって…どういうことですか?」
詩織「例えば、明治維新の頃の京都で、新しい時代に戸惑いながらも伝統を守ろうとした職人とか。あるいは、もっと遡って、江戸時代の哲学の道で、日々何を思いながら行き交っていた名もなき商人とか。そういう、過去の京都に生きた人々の『働く姿』に目を向けてみるのも、一つの手よ。現代にこだわらなければ、それだけで他の誰も書いていない、あなただけの物語が見つかるかもしれないわ。独自性っていうのは、そういうところから生まれるものよ」
*大翔 目を丸くする
大翔「明治…江戸時代…。そっか、そういう視点もあるんですね…!全然考えてもみなかったです…!」
*大翔 詩織の言葉に深く感銘を受け、何か新しい可能性に気づいたような、少し興奮した表情で詩織を見つめる。しかし、その興奮の中にも、まだ何か解決しきれない、別の種類の「難しさ」を感じているような、複雑な表情が浮かぶ。
京都あるあるツッコミと詩織の内省
〇哲学の道・早朝(続き)散歩は続く *新シーン4の終わり、成瀬大翔が詩織の「時代設定」のアドバイスに感銘を受けつつも、どこか複雑な表情を浮かべている。
*二人はさらに哲学の道を進む。日差しはさらに明るくなり、桜並木が一層鮮やかに見える。
大翔「いやー、先生のアドバイス、本当に目からウロコです!僕、なんかこう、京都っていうと今のイメージばっかりで…。でも、時代設定を変えるとなると、今度はその時代の京都の人の考え方とか、そういうのが分からないとダメですよね…。そもそも、京都の人って、本音をなかなか見せてくれないっていうか、取材とかも遠回しに断られたりしません?僕、そういうの苦手で…」
*詩織、大翔の言葉に、ふっと笑みを漏らす。
詩織「あら、あなたも『京都の人は本音を言わない』とか『遠回しな言い方をする』とか、そういうのを信じてるクチ?」
大翔「え、違うんですか?よく聞きますけど…『ぶぶ漬けでもどうどす?』みたいな…」
*詩織 *呆れたように
詩織「あなたねぇ…。私、京都に長く住んでるけど、そんな奥ゆかしい(?)嫌がらせ、されたこともしたこともないわよ。本当に早く帰ってほしい相手なら、もっと直接的な方法をとるわ、私なら。例えば、目の前で原稿を書き始めるとか」
大翔「そ、それは帰りたくなりますね…!」
詩織「それにね、時々いるのよ。『京都の人って遠回しに悪口言うよね』とか『怖いんだよね〜』とか、ご丁寧に私の目の前でおっしゃってくださる方が。その度に思うわ。『今、まさに私という京都人を目の前にして、随分とストレートなご意見ですこと。その勇気、どこから来るのかしら?』ってね。遠回しな言い方より、よっぽどスリリングだと思わない?」
大翔「うわー…確かに…。なんか、僕、京都のこと、全然わかってないかもしれないです…。あ、でも、鴨川に等間隔で座ってるカップルは別れるっていうジンクスは、あれは本当なんですよね?僕、友達とよく『あそこの二人、3ヶ月コースやな』とか予想してるんですけど!」
*詩織 少し考えて、皮肉っぽく微笑みむ
詩織「…でもね、考えてもごらんなさい。結婚して添い遂げるカップル以外は、遅かれ早かれ、みーんな何らかの形でお別れするのよ。鴨川のほとりに座ったかどうかは、統計学的に見ても、それほど有意な差はないんじゃないかしら。それを言ったら、一緒に抹茶パフェ食べたカップルだって、映画を観たカップルだって、大半はいつか別れる運命よ。ロマンチックじゃないけど、それが現実ね。」
大翔「うわ~現実的~~」
詩織「でも、最近は人を観察しようにも、人が多すぎてね。特にこの桜の季節は…」
大翔「あ、それ分かります!哲学の道もそうですけど、どこ行っても人が多くて…。京都の人って、観光客が多くて住みにくいって思ってたりしませんか?東京人の僕でも、ちょっと心配になるくらいで…」
*詩織 涼しい顔で
「観光客が多すぎて住みにくい、ねぇ。まあ、世界中の有名な観光地は、だいたいどこもそうなんじゃないかしら。それにね、忘れがちだけど、この京都市内の大部分ですら、いわゆる『観光地』ではない、ごく普通の住宅街や、緑豊かな里山、田園風景が広がる場所なのよ。ましてや京都府全体で見たら、それこそ北部の海から南部の山城まで、美しい自然が広がっていて、いわゆる観光地なんてほんの一握り。本当に観光客の喧騒を避けて静かに暮らしたいなら、選択肢はいくらでもあるんじゃないかしら。そこに住めばよろしいのではなくて???
だから!あなた、一体何の話をしてるの?小説のネタ探しの本題に戻ったらどうかしら?」
大翔「あ、はい!そうでした!すみません、つい京都のイメージに流されて…」
*大翔、素直に感心し、詩織を見つめる。
*詩織は、そんな大翔の純粋な反応や、次から次へと繰り出される(しかしどこか憎めない)アイデアに、内心で面白さを感じている。そして、ふと、自身の創作のマンネリ感を思い返す。
詩織M(…こういう、純粋な発想で書くのも、面白いのかもしれないわね。今の私に足りないのは、逆に真っ直ぐに見ることや純粋さなのかも…)
*詩織、大翔の次の言葉を待つように、より強い期待感を込めた視線を向ける
道すがらの出会い① パン屋の店主と、大翔の告白
〇哲学の道沿いの小さなパン屋~道すがら・早朝
*新シーン5の終わり、詩織が少し期待のこもった視線を成瀬大翔に向けている。
*二人が歩いていると、香ばしいパンの焼ける匂いが漂ってくる。道の脇には、早朝から開店準備をしている小さなパン屋。店主の坂井正志(50代)が、額に汗を浮かべながら、焼きたてのパンを棚に並べている。店の前には「焼きたて」の小さな看板。
大翔「(パンの匂いに気づき、目を輝かせる)
うわー!めっちゃいい匂い!先生、ちょっと寄ってもいいですか?」
*詩織、頷く。大翔、パン屋の店先に駆け寄る。
大翔「おはようございます!すごい美味しそうなパンですね!」
坂井「(笑顔で)
へい、らっしゃい!もうすぐ開店や。朝一番のパンは格別やで」
大翔「朝早くから大変ですね…!」
坂井「(パンを愛おしそうに見ながら)
好きでやってるだけですよ。このパンの匂いで、一日の始まりを感じてくれる人がいる。このパンが、誰かの朝をちょっとだけ幸せにする。そう思うと、やめられまへんなぁ」
*大翔、坂井の言葉に何かを感じたように、じっとその顔を見つめる。
*詩織、少し離れた場所からその様子を静かに見ている。
*パンをいくつか買い、再び哲学の道を歩き始める二人。大翔は買ったばかりのパンを一つ、美味しそうに頬張っている。
*詩織 穏やかな表情で、しかしどこか大翔の本質を見抜こうとするような眼差し
詩織「彼は『好き』を仕事にしてるのね。あなたは、何が『好き』で小説を書きたいの? その『働く人』っていうテーマも、何かきっかけがあったの?あなたのような勢いだけじゃ、人の心は動かせないわよ」
*大翔、詩織の真摯な、そして少し核心を突くような問いかけに、パンを食べる手を止め、一瞬言葉に詰まる。*お調子者な表情が消え、少し照れたような、戸惑ったような顔になる。
大翔「え…あー、好き、ですか…。いや、まあ、なんていうか…(頭を掻きながら)カッコつけたいとか、モテたいとか、そういうのもゼロじゃないんすけど…」
*詩織、大翔の言葉を黙って聞いている。その真剣な眼差しに、大翔は観念したように、ぽつりぽつりと話し始める。
大翔「実は…俺、じいちゃんが提灯職人だったんです。神田で、祭りの提灯とか作ってて」
詩織「提灯職人…」
大翔「はい。じいちゃん、口下手で、自分の仕事のこととか全然語らない人だったんですけど、でも、すげえカッコよかったんすよ。黙々と提灯作ってる姿とか、祭りで自分の作った提灯が灯って、みんなが笑顔になってるの見てる時の顔とか…。」
*大翔 少し遠い目をする
大翔「俺、ちっちゃい頃、じいちゃんの工房でよく遊んでて。じいちゃんが言ってたんです。『職人は手でモノを作る、大翔は言葉でコトを作るんだ』って」
*詩織、大翔の話に静かに耳を傾けている。その表情が、少しずつ柔らかくなっていく。大翔の言葉に、自身の過去や創作の原点を少し重ね合わせるような、遠い目をする。
大翔「それで…俺、小学校の時、なんか区の童話コンクールみたいなやつで、ちっちゃい話書いて入賞したことがあって。そしたら、じいちゃんが、(両手を大きく広げて、当時の祖父の喜びを表現するように)こーんなに喜んでくれて…。自分のことみたいに。それが、なんか、すげえ嬉しくて…」
*大翔 少し恥ずかしそうに笑う
大翔「じいちゃん、俺が高校の時に亡くなっちゃったんですけど…その時、じいちゃんの仲間たちが『宗吉さんの提灯のおかげで、祭りがどれだけ華やかになったか』って話してるの聞いて…ああ、働くって、誰かの心を灯すことなんだな、って。じいちゃんが提灯でやったみたいに、俺は言葉で、そういう物語を書きたいんだって、その時、強く思ったんです」
*大翔 少し間を置いて、決意を込めた目で詩織を見つめる
大翔「だから…いつか、必ずじいちゃんの物語を書きたいんです。でも…今の俺の実力じゃ、じいちゃんのカッコよさ、全然伝えられないと思うんで…。だから、まずは京都で、何か一つ、ちゃんと物語を書き上げて、自信をつけたい。それが、今の俺の目標なんです」
*大翔、話し終えると、少し照れくさそうに詩織の顔を見る。
*詩織、大翔の真っ直ぐな言葉と、その瞳の奥にある純粋な想いに触れ、温かい微笑みを浮かべている。
詩織M「(…この子、ただのお調子者じゃないかもしれないわね)」
*詩織、横に並んで歩いていたが、ふと足を止め、大翔の前に回り込むように立つ。そして、改めて大翔の顔をじっと見つめる。何か新しい発見をしたような、あるいは彼の奥にあるものを見定めようとするような、真剣な眼差し。
詩織「…そう。素敵なおじい様だったのね。そして、あなたも、ちゃんと自分の道を見据えようとしてるじゃない。その『誰かの心を灯したい』という想い…それが、あなたの物語の核になるのかもしれないわね」
*大翔 詩織の真剣な眼差しと、思いがけない言葉に、少し驚き、そして嬉しそう
大翔「はい!」
*詩織、大翔の言葉の奥にある「伝えたい」という熱意と、彼なりの覚悟を感じ取り、彼のことをさらに見直したような、温かく、そして少し期待のこもった眼差しを向ける。
道すがらの出会い② 若い庭師
〇お寺の門前・早朝
*新シーン6の終わり、詩織が大翔に温かく、そして期待のこもった眼差しを向けている。
*二人が哲学の道を進むと、道沿いにある小さなお寺の門前に差し掛かる。
*そこでは、若い庭師・川島翔(20代)が、黙々と、しかし非常に丁寧な手つきで松の剪定(せんてい)をしている。朝日が彼の真剣な横顔を照らす。
*大翔 以前よりも少し落ち着いた表情で、その姿に静かに見入っている。
*大翔 川島の仕事ぶりに感心し、少し間をおいてから、穏やかに
大翔「おはようございます。…すごいですね、その手つき。見てて、なんだか清々しい気持ちになります」
*川島、手を止め、額の汗を拭いながら大翔と詩織に気づき、にこやかに一礼する。
川島「おはようございます。ありがとうございます。まだまだ親方には程遠いですけどね」
大翔「どうして、このお仕事をされようと思ったんですか?」
*川島 少し照れながらも、真っ直ぐな目
川島「 そうですね…うまく言えませんけど、この手で、人が心安らげる場所を創り出せる。そう信じてますんで。それに、この手仕事でしか表現できない美しさがある。だから、この仕事で生きていきたい、って思ったんです」
*大翔 川島の言葉に深く頷き、何かを考えるように手元のメモ帳に視線を落とす。
*詩織、そんな大翔と川島のやり取りを、少し離れた場所から静かに見守っている。
*詩織、大翔の隣にそっと近づき、励ますように彼の肩をポンと軽くたたく。その表情は、彼の成長を促すような、優しく諭すような温かさをたたえている。
*詩織 二人の会話が一段落したのを見計らい、川島に軽く会釈する
詩織「彼は『自分の道』を見据えているわね。自分の手で何かを創り出し、生きていくという道を。…成瀬くん、あなたの『小説の道』は、どこに繋がってるのかしら?」
*詩織の言葉の後、しばらく沈黙が流れる。
*風が桜の枝を揺らす音、遠くから聞こえる鳥のさえずりだけが、静かに響いている。
*大翔 詩織の言葉にハッとし、顔を上げる。詩織の真剣な、しかし温かい眼差しと向き合う。
*彼は言葉に詰まりながらも、何かを掴もうとするように、再びメモ帳に視線を落とす。
*そして、ハッとしたようにペンを走らせる。
*(カメラが、大翔のメモ帳を映し出す。そこには、以下のような言葉が、少し震えるような、しかし確かな筆致で書き込まれていく)
*【メモ帳の内容】
・自分の道とは?
・言葉で何を残せるか?
・心が安らぐ場所・・・「桜が咲くこの哲学の道」
・手仕事でしか表現できない美しさ(じいちゃんと同じ…?)
*詩織、その様子を静かに、そしてどこか満足そうに見つめている。
深まる悩みと、詩織の核心的なヒント
〇哲学の道・桜並木の下・早朝
*新シーン7の終わり、詩織が大翔を静かに、そしてどこか満足そうに見つめている。
*陽光が桜の木々の間から降り注ぎ、キラキラと輝いている。
*成瀬大翔の表情からは、いつもの明るさが少し消えている。彼は手にしたメモ帳を何度も見返し、ペン先で何かを書こうとしては止め、小さく首を振る。その目には焦りの色が浮かんでいる。
*大翔 詩織に、力なく笑いかけながら、弱音を吐く
大翔「いやー、もうマジで、何にも浮かばないっすよ、先生…。カッコつけて『小説家目指してます!』なんて言っちゃいましたけど、才能ないんすかね、俺…」
*大翔 少し間を置いて、さらに焦りを滲ませる
大翔「実は…どうしても応募したい大学生対象の小説コンテストがあって。明日までには、ある程度ネタを固めて、プロットの骨格程度を作っておきたいんです。でも、このままじゃ…」
*大翔、うつむき、深いため息をつく。その姿に、詩織は静かに、しかしどこか温かい眼差しを向ける。彼女はゆっくりと満開の桜を見上げる。
*詩織 落ち着いた、しかしどこか力強い声で。最初は桜に視線を向けながら静かに語り始める。
詩織「面白いものは、意外とあなたのすぐそばに、あなたが毎日見ている景色の中に転がってるものよ。焦る気持ちはわかるけど、そういう時こそ、一度立ち止まって、自分の周りをじっくりと観察してみることね。あなたがさっき話してくれたお爺様のように、一つのものに込められた想いや、それが人に与える影響…そういう『見えない価値』に目を向けるの」
*詩織、ゆっくりと大翔に視線を移し、彼の目を見て力強く語りかける。小説家の先輩として、後進を導くようなメンターの雰囲気
詩織「あなたは『働く人』の物語を探しているんでしょう? あの桜を見てごらんなさい。あれだけの人が集まり、写真を撮り、思い出を作っている。あれは、自然が生み出した最高の『エンターテイメント』かもしれないわね。そして、どんなエンターテイメントにも、それを創り上げ、支えている『働く人』がいる。あの桜の美しさ、そして人々を笑顔にする力。その源泉や、それを守っている人たちの物語を想像してみるのも、一つの視点じゃないかしら」
*大翔 詩織の言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
*うつむいていた彼の視線が、目の前に広がる満開の桜並木へと注がれる。
*陽光を浴びて輝く桜の花々。風に揺れる枝。楽しそうに写真を撮る人々。
*大翔は、その光景をじっと見つめる。
*彼の目に、これまでとは違う何かが映り始めている。
*硬かった表情が、ほんの少しだけ和らぎ、やがて微かな、しかし確かな手応えを感じさせる笑顔が浮かぶ。
*何かを掴みかけたような、希望の光が宿ったような表情。しかし、まだ明確な答えにはたどり着いていない。
*詩織 そんな大翔の表情の変化を見守り、小さく頷く
詩織「…視点を変えれば、世界は違って見えるものよ。目に映るものが全てじゃない。その背景に何があって、どんな想いが隠されているのか…本質を深く見ようとすることが、物語を見つける第一歩じゃないかしら」
(散歩の終わりと詩織の最後の言葉)
〇熊野若王子神社・鳥居前(哲学の道の終点近く)・早朝 8時15分頃
*新シーン8の終わり、詩織が大翔に温かい眼差しを向けている。
*二人は哲学の道の終点近く、熊野若王子神社の趣のある鳥居の前にたどり着く。
*日は完全に昇り、周囲には朝の活気が少しずつ満ち始めている。桜の花びらが風に舞い、陽光にキラキラと輝いている。
*詩織 立ち止まり、腕時計を見る。大翔に向き直る
詩織「さて、私はこの辺で。今日の散歩は、あなたのおかげで、いつもより少し騒がしくて…そうね、退屈はしなかったわ」
*詩織 大翔の目を真っ直ぐに見つめ、一瞬、優しい眼差しを見せる。彼との会話が、自分にとっても何か新しい気づきや刺激になったことを感じさせる、穏やかな表情
*大翔 詩織の言葉に、少し名残惜しそうな、しかし何かを期待するような顔
大翔「あ…はい。僕も、先生とお話しできて、本当に…その、めちゃくちゃ勉強になりました!」
*詩織 ふふっと小さく笑みを浮かべる
詩織「ヒントはたくさんあげたつもりだけど?あとは、あなたが『気づく』かどうかね。…頑張んなさい、未来の文豪さん?」
*詩織、からかうような、しかし温かい励ましの笑顔を大翔に向け、軽く手を挙げて別れを告げると、颯爽と神社とは別の方向へ歩き去っていく
*大翔には見えないように、詩織は歩きながらふっと満足げな、そして何か新しいものを得たような笑みを浮かべる)
*大翔、その場に立ち尽くし、詩織の後ろ姿を見送る。
*彼女の最後の言葉、「気づくかどうか」「未来の文豪さん?」という言葉が、頭の中で反芻される。
*大翔、詩織がいた方向をしばらく見つめた後、ゆっくりと視線を自分のメモ帳に落とす。
(そこには、祖父・宗吉の言葉「言葉でコトを作る」や、自分が詩織に語った「まずは一本書き上げて自信をつけたい」という決意が、彼の脳裏をよぎるかのような、一瞬の逡巡と、しかし強い意志を感じさせる表情が浮かぶ)
*そして、何かを決意したように、再び顔を上げ、桜並木を見つめる。
*大翔、ふうっと息を吐き、次の行動に向けて精神を集中させるように、軽く肩を回したり、首を左右に傾けたりするような、準備運動ともとれるストレッチを始める。
*彼の表情には、まだ戸惑いと、しかし何かを掴みかけているような、かすかな希望の光が宿っている。
残された大学生の思考とひらめき
〇哲学の道・早朝(続き)
*新シーン9の終わり、成瀬大翔が一人哲学の道に佇んでいる。
*桜の花びらが、春の柔らかな風に乗り、キラキラと舞い始めている。
*大翔、詩織の最後の言葉を何度も頭の中で繰り返す。
大翔M (詩織の声、リフレイン)『…目に映るものが全てじゃない。その背景に何があって、どんな想いが隠されているのか…本質を深く見ようとすることが、物語を見つける第一歩じゃないかしら』」
*大翔、ゆっくりと顔を上げ、目の前に広がる満開の桜並木を改めて見つめる。
*桜の下では、楽しそうに写真を撮るカップル、思い出話に花を咲かせる老夫婦、何かを祈るように静かに桜を見上げる女性など、様々な人々が行き交っている。
*大翔、その一人ひとりの表情を追う。
*大翔 小さく呟く
大翔「桜は綺麗だ…。でも、それだけじゃ…」
大翔M「(静かな感動を噛みしめるようなトーンで)みんな、この桜の下で、笑ったり、泣いたり…。まるで、この桜が、みんなの気持ちを全部受け止めてくれてるみたいだ。…そうか、桜って、ただの花じゃなくて、人と人を繋げたり、人の思い出を呼び起こしたりする、特別な『力』があるのかもしれない」
*大翔 ハッとしたようにスマホを取り出し、何かを検索し始める。
検索窓に打ち込むキーワード:「桜 手入れ 世話する職人」「京都 桜守」
いくつかの記事や写真が画面に表示される。桜の剪定作業をする職人の姿、桜の病気について解説する記事など。その中に「桜守(さくらもり)」という言葉を見つける。
*大翔 スマホの画面を見つめ、驚いた様子
大翔「桜守…」
*大翔、近くのベンチに腰を下ろし、深く考え込む。再び桜並木を見上げる。その表情は、先ほどよりもさらに深く、何かを掴もうとしている。
大翔M「毎年、同じように咲く桜なのに、どうしてこんなにグッとくるんだろう…。もしかしたら、見る人によって、その時々の気持ちや人生の状況によって、全然違って見えるからなのかな。入学式の日に見た桜、失恋した時に見た桜、大切な誰かと一緒に見た桜…。同じ桜でも、全部違う思い出の色がついてる。だから、こんなにも心を掴まれるのか…」
*その時、少し離れた場所で、桜の手入れをしている作業員(藤井隆司 50代)の姿が、大翔の目に留まる。彼は黙々と、しかし丁寧に桜の枝ぶりを整えている。その額には汗が光る。
大翔M「(作業員の姿を見つめながら、雷に打たれたような衝撃を受ける)そうだ…詩織さんの言ってた『見えない力』『見過ごされがちな物語』って、これだ…!この桜の圧倒的な美しさ、人々を笑顔にする力、人と人を結びつける特別なコンテンツ…。その全てを、陰で支えている人たちがいるんだ!」
*大翔 立ち上がり、何かを確信したよう
大翔「あの人にもさらに先人がいて。この桜並木も、何十年も、何百年も、こうやって誰かが守り続けてきたから、今、俺たちが見られてるんだ…。それって、すごいことだよな…」
大翔「あの…すみません!もしかして、桜のお手入れをされてるんですか?」
*藤井 穏やかに頷く
藤井「ああ、そうや。この桜たちも、ちゃんと手をかけてやらんと、毎年こない綺麗には咲いてくれへんからな。桜は自然に咲いてるように見えるかもしれんけど、人が守ってるからこそ、こうして毎年、みんなを楽しませてくれるんや。わしらにとっては、この桜一本一本が子供みたいなもんやからな」
*大翔 藤井の言葉に、深く、そして何度も頷く。
*通りすがりの老人、松本康介(60代)が、満開の桜を見上げ、満足そうに呟く。
松本「今年もよう咲いたな…」
*大翔、その言葉を聞き、心の中で力強く応える。
大翔M「(そうだ…誰かが、守ってるからだ!)」
*大翔 目に、確かな光が宿る。彼は、何か大きなものを見つけたような、晴れやかな表情で桜並木を見つめている。
*大翔の視線は、桜の花びら一枚一枚だけでなく、その下で生まれる人々の笑顔、語らい、そして様々な人生の節目へと注がれている。
*ふと、彼の脳裏に、祖父・宗吉が提灯に魂を込めていた姿と、今目の前で桜を守る人々の姿が重なる
大翔M「(力強いトーンで)
桜守が創り出すのは、ただの美しい景色じゃない。人々の心に刻まれる、かけがえのない『人生の想い出』そのものなんだ…。これだ…!この人たちの物語を、俺は書きたい!)」
*大翔の表情が、確信に満ちたものに変わる。彼は、おもむろにメモ帳を開き、新しいページに力強くペンを走らせる
*メモ帳の内容:
・仮題 桜守が創る人生の想い出?
・桜守の刻(とき) - 心に刻む、人生の花ひら ?
*大翔、書き終えたタイトルを見て、込み上げてくる達成感と喜びに、思わず小さく、しかし力強くガッツポーズをする。その顔は、希望と自信に満ち溢れている
成瀬大翔の決意と行動
〇哲学の道・早朝(続き)
*新シーン10の終わり、成瀬大翔が確信に満ちた表情でメモ帳に仮題を書き込み、ガッツポーズをしている。
*春の日差しが、彼の顔を明るく照らしている。桜の花びらが、祝福するように舞い落ちる。
*大翔の顔が、今までにないほど晴れやかに輝いている。迷いは完全に消え、確かな手応えを感じている。彼は、改めてメモ帳の新しいページに向き合う。そして、ペンを握りしめ、何かを思いつくたびに、時折桜並木を見上げては微笑み、楽しそうに言葉を紡ぐように、勢いよくメモを書き連ねていく。
*(カメラが、大翔の手元のメモ帳を映し出す。そこには、彼が気づいた「桜の力」や「桜守の仕事」に関するキーワードや短いフレーズが、生き生きとした文字で書き込まれている)
*メモ帳の内容:
・桜の力 ― ただ美しいだけじゃない
・人を笑顔にする、元気を与える
・最強のコンテンツ?(ミュージシャンより人を集める!)
・人と人を結びつける ― 語らい、写真、人生の節目…
・見る人によって変わる桜 ― 思い出の色
・その裏側 ― 支える人々の仕事
・働くことの価値、誇り
・桜守が見た京都のドラマ
*大翔、書きながら時折顔を上げ、満開の桜を見上げる。その表情は、自信と喜びに満ち溢れている。
彼の中で、物語が確かな形を取り始めているのが伝わってくる。
大翔(ナレーション・希望に満ちた明るいトーンで)
「こうして、僕の最初の小説は、哲学の道で拾った一つの出会いから始まった」
(ナレーションが流れる中、大翔の表情に焦点を当てていたカメラが、徐々に引いていく。大翔は、ふとペンを置き、メモ帳を閉じる。そして、満足そうに立ち上がり、桜並木の中に溶け込んでいくように見える)
*大翔、何かを思いついたように、急に駆け出す。早く家に帰って、この溢れる想いを物語にしたい、という気持ちが全身から伝わってくる。その背中は、希望に満ちている
*走り去る大翔の後ろ姿。
*その背景には、美しく咲き誇る桜並木がどこまでも続いている。
詩織の新しい挑戦
〇詩織の自宅書斎・朝
*新シーン11の終わり、成瀬大翔が希望に満ちた表情で走り去っていく。
*場面は変わり、瀬田詩織の自宅書斎。
*大きな窓からは明るい朝日が差し込み、整然と本が並ぶ本棚と、使い込まれた大きな木のデスクが置かれている。壁にはいくつかの文学賞の賞状や記念品も飾られているが、決して華美ではなく、落ち着いた知的な空間。しかし、デスクの上には飲みかけのコーヒーカップや、アイデアを書きなぐったようなメモが数枚散らばっており、彼女の創作の苦悩や日常感も垣間見える。
*詩織、散歩から戻り、いつものようにデスクの前に座る。
*パソコンのモニターをぼんやりと眺めていたが、ふと、今朝の大翔との奇妙なやり取りを思い出し、思わずクスッと笑みを漏らす。
*詩織、大翔の的外れな熱弁や、子犬のようなキラキラした目を思い出し、やれやれといった感じで小さく首を振る。しかし、その表情はどこか楽しそう
*詩織、ふと書斎の本棚に並ぶ自身の過去作(重厚な社会派小説の背表紙が並んでいる)に目をやる。何かを振り払うように、あるいは新しい決意を固めるように、小さく頷き、そしてパソコンに向かう。
詩織「(独り言のように、小さく呟く…全く、騒々しいのが来たと思ったら…。でも、まあ…たまにはこういうのも、悪くないかもしれないわね。書きたくて仕方なかった、あの頃みたいに」
*詩織、窓の外の明るい日差しに目をやり、深呼吸をする。
*これまで感じていた創作へのマンネリ感や行き詰まりが、大翔との出会いによって少しだけ軽くなったような、何か新しい風が吹き込んできたような、そんな吹っ切れたような表情を見せる。
*彼女は何かを決意したように、力強くキーボードに手を伸ばす。
*詩織、パソコンで新しいファイルを開き、タイトルを打ち込み始める。
モニターに表示されるタイトル:
「哲学の道、ネタ拾いました~お調子者な弟子とのたった1時間の散歩」
詩織、そのタイトルを見て、満足そうに小さく頷き、続けて本文を打ち始める。
*モニターに表示される書き出し:
「その朝、私の静謐な散歩道に、一匹の…いや、一人の珍妙な若者が現れたのだ。
彼は自分を小説家だと名乗ったが、その言動はあまりにも…」
*詩織、「一匹の…いや、一人の」と打ち込みながら、思わず声に出して「ふふっ」と笑ってしまう
*詩織、キーボードを叩く指が、いつもより少し軽快に見える。
*その表情は、何か新しいおもちゃを見つけた子供のように楽しそうで、生き生きとしている。
*窓から差し込む柔らかな光が、そんな詩織の横顔を照らしている。
*詩織のタイピングの音がリズミカルに響く。やがて、その音がピタッと止まり、詩織がふっと息をつく。カメラがゆっくりと詩織の手元から引いていき、書斎全体を映し出す。詩織、ふとこちら(カメラ)を見て、観客を共犯者にするような、親密で悪戯っぽい微笑みを見せる
(そして、最後に画面いっぱいに、このドラマのタイトル『哲学の道、桜と小説家とたまにテンション高めの大学生』がドン!と表示される。同時に、軽快で少しコミカルな音楽が流れ始める)
終